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kiitos !

先日MySpaceのメールボックスに、フィンランドのミュージシャンからとてもうれしいメッセージが届いた。ちょっとした挨拶のつもりなのだと思うけど、私の絵をとても気に入ってくれたような言葉がつづってあってうれしかった。

そのメッセージの冒頭に「kiitos」って書いてあって、これはいったいなんだろう?って、気になった。フィンランド語なんて、私には調べようがない。でも意味がわからないと思うと、それが一つの暗号のように、何かとても大事な意味があるようにも思えてくる・・・。

悩んだ末に、何か出てくるかと思ってネットの検索にかけてみたら、なんとまぁ、がっかりするくらいたくさんのページが出てきた。「kiitos(キートス)」はフィンランド語の「ありがとう」の意味だった。なんてことない言葉。でもとてもうれしい言葉。

キートス、キートス、キートス・・・心の中で繰り返してみると、その響きがとても心地よい。素敵な言葉だなって思う。

フィンランドってどんな国なんだろう。あらためて思い描こうとしてみても、雪とサンタクロースとムーミン意外に、ほとんど何も知らない自分に気づく。雪のイメージばかりが強いけれど、フィンランドの春や夏も素敵なんだろうな。きっと想像以上に、美しい音楽や物語を生み出す風土がそこにあるんだと思う。いつか行ってみたいな。

《フィンランド政府観光局》http://www.moimoifinland.com/

なくしたはずの絵

部屋の引っ越しをした時に、いろいろと思わぬものが部屋から出てきました。これはそのひとつ。なくしたと思ってた絵がゴミにまみれて出てきました。倉庫代わりに使っていた、半屋外のような場所に置いてあったので、損傷なく生きていたことが奇跡に近かったです。どうしてそんな風にゴミ扱いしていたのか、自分では覚えてないのですが、描いた当時からあまり気に入っていない作品だったので、ぞんざいに扱ってしまったのかもしれません。

これを描いたのは10年くらい前。タイトルは「猫が死にましたので」という、悲しいものでした・・・。この絵を描いた当時、私は絵の方向性をまったく見失っていて、ひどく苦しんでいました。絵以外のことでも、いろいろと思い悩んでいて、私の今までの人生で一番暗い時代だった気がします。すこし、心のバランスを崩していたような。基本的にはずっと能天気に、いいかげんに生きてきた私ですが、まぁ、そんな時代もあったわけです。

そんな嫌な記憶を遠ざけたくて、この絵を無意識のうちに封印してたのかもしれません。絵自体は、別にどうってことないものなんですが、当時の記憶が思い出されるのはやっぱりずっと嫌でしたから。こうやって無意識の心的作用があって物をなくしてしまうのを、フロイトは「錯誤行為」って言ったんでしたっけ。今は、「あぁ、そいう時期もあったなぁ」と、余裕を持って考えることができるのですが。

ひさしぶりにこの絵に向き合って、そんな当時の自分をほろ苦く思い出したのでした。

父の描くバラ

私の父は絵を描きます。もちろんプロではないのですが、司法書士というカタ〜い仕事の傍ら、若いときからずっと絵を描き続けています。日曜画家というには言葉足らずで、家には立派なアトリエもあって、一人の画家としてのキャリアは、私が言うのもなんなのですが、なかなかのものだと思います。最初の個展をやったとき、私は中学生だったのですが、その売上金の一部をユニセフかどこかの慈善団体に気前よく寄付してしまって、地元の新聞に写真付きの記事となったこともありました。何も知らなかった私は、学校のホームルームの時、皆の前で先生に褒められてびっくりしたものでした。(母はすごく怒ってたけど・笑)

そんな父がいたものですから、学生の頃、自分は絵を描いていると話をすると、「あぁ、やっぱりお父さんの影響ですね」とよく言われたし、絵の仕事をするようになってからは、父が絵を描くと話をすれば、「あぁ、やっぱり」と言われる。「やっぱり」と言われるのは、うれしいようでもあり、少し違和感を感じたりもするのです。

私は父から絵の手ほどきを受けたことは、ほとんどありません。パレットや筆の洗い方の大事さとか、デッサンについての精神論的なことなどは、何度も繰り返し聞かされたのですが。技術的なことはまったくと言っていいほど、教わったことはありません。絵は教えられて描くものではない、という父の信念が根底にあったからだと思います。
そういう芸術に理解の深い親を持って良かったでしょう? と人に言われることが多いのですが、そんなことは全然なくて、芸術で食べていくことの厳しさを知っているが故、私が絵の道に進みたいと考えた時、いつも大反対されました。高校生の頃とかは、大喧嘩したことも度々・・・。私も若かったので、そんな父の言うことを理解できず、いがみ合ったりしたのですが、年を経てから、あのとき父が与えてくれた示唆が、その後の自分の人生に与えた影響が大きかったと思うことが度々あります。

結局私は今まで一度も、絵についての専門的な教育を受けたことがありません。だからデッサンはヘタクソ(笑)。色の混色の仕方も重ね方も、実にめちゃくちゃです。絵を習ったことがないことに、コンプレックスを感じた時期もありましたが、今はもうそんなこともなくて、それもまた自分の絵なんだからいいのでは・・・とすっかり開き直って考えられるようになりました。「絵は教えられて描くものではない」という父の言葉が、知らず知らずのうちに私の中にも刷り込まれていったのかもしれません。
私と父とは、お互い歩んで来た道が違うし、画風も(ご覧の通り)まったく違うのですが、この歳になってあらためて父の絵を見てみると、どこかしら共通する何かを、ふと感じたりします。

バラと大山(地元の有名な山)ばかりを、飽くことなく、たくさんたくさん描き続けている父。そんな父の絵が、私は好きです。

キツネのことば

先日書棚を整理してたら、サン=テグジュペリの『星の王子さま』にふと目がとまって、ひさしぶりに本をひもといてみた。私は、この本の中でとりわけ、キツネと王子さまが会話するくだりが好きだ。

「おれは、毎日同じことして暮らしてるよ。おれが牝鶏をおっかけると、人間たちがおれをおっかける。牝鶏たちはどれもみんな似たり寄ったり。人間もまたみんな似たり寄ったりで、おれは少々うんざりしてしまう。だけどもし、あんたがおれを飼いならしてしてくれたなら、おれはお日様にでもあたっているような、明るい気持ちになるだろうな。足音だって、今までとは違うものを聞き分けるようになるんだ。他の足音がすると、おれは穴の中にすっこんでしまう。でも、あんたの足音がすると、おれは音楽でも聞いてるような気持ちになって、穴の外へ飛び出すだろうな。
それに、あれを見なよ。向こうに見える麦畑は、どうだね? おれはパンなんか食やしない。おれにとって、麦なんて何の役にも立ちゃしない。だから麦畑を見たところで、おれは思い出すことなんて、なんにもありゃしない。それどころかあれを見ると気が塞ぐんだ。だけど、あんたのその金色の髪は、うつくしいなぁ。あんたがおれを飼いならしてくれたなら、それは素晴らしいことだろうなぁ。金色の麦を見ると、おれはあんたを思い出すだろう。そして、麦を吹く風の音も、おれには心地よく感じるだろう‥‥」

ここに引用した中で「飼いならす=apprivoiser」という言葉は、ちくま学芸文庫の『おとなのための星の王子さま(小島俊明・訳)』に従ったもの。この場面、岩波版(内藤 濯・訳)は単に「仲良くなる」となっているのだけど、小島俊明は(原文に則すると)この言葉にこそ、作者の人生哲学が秘められていると注釈している。

悲しかった王子さまは、キツネと最初に出会った時、性急に「一緒に遊ぼうよ」と呼び掛ける。でもキツネは、「おれは、あんたと遊べやしないよ。飼いならされちゃいないんだから」と言って、王子さまを突き放す。王子様は「飼いならすって、どういうこと?」と質問するが、キツネははぐらかしてばかりでちゃんと答えようとしない。執拗に食い下がる王子さまに、やっとキツネは「きずな(=liens)をつくる、ってことさ」と、再び謎の多い言葉を残すのである。そして、「きずなをつくる」には「辛抱が大事」と補足する。この辺りのキツネと王子様の会話は、言葉通りの意味ではなく、詩的な表現として受け止めるべきなのだろう。作者の真意は捉えきれないけれど、「自分が大切に思う対象に対して、どれだけたくさん自分の時間を費せるかが大事」という意味なのだと、私は解釈している。

結局、「きずなをつくる」ための充分な時間を持てない王子さまは、キツネの前から去ってしまう。キツネは王子さまとの別れの場面に至ってようやく、「大事なこと」を教えようと、語り始める。

「さっきの秘密を言おうかね。なぁに、なんでもないことさ。心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。大事なことはね、目で見えないんだ。人間たちは、この大事なことを、忘れてしまってる。でもあんたは、この大事なことを忘れちゃいけない。あんたが飼いならしたものに対しては、いつまでも責任があるんだよ。守らなければいけないんだ‥‥」

私はこの場面を読みながら、キツネの心情を思いやると、いたたまれない気持ちになる。誰かのことをかけがえもなく大切に想うということは、きっとこういうことなんだろうなって思う。何度読み返しても、この場面のキツネのことばが心に響く。
 

※イラストはずっと前に描いた「わたしの畑で」という絵の一部分。麦畑のイメージで。

私のパレット

仕事の打ち合わせでお茶の水まで出掛けた折、次のお客さんとの約束が急にずれ込んでしまい、ぽっかり時間が空いてしまった。特に用事もなく駅周辺をブラブラしていたら、ふと画材屋さんの前を通りかかった。透明水彩の絵具を何色か切らしていたことを思い出し、ちょうどいい機会と思って買って帰った。

私が透明水彩の絵具を買うのは、かれこれ15年ぶりくらいになる。当時私は大学生で、アルバイトをしていた吉祥寺の画材屋さんで数色買い足して以来のことだ。その前となると20年くらい前、高校1年か2年生くらいの時に遡る。この時に買ったNOUVELという国産メーカーの安物の18色セットの透明水彩を、今もずっと使い続けている。水彩画の教書に習い、パレットにあらかじめ絵具を固めておいて、その都度筆に水を含ませて絵具を溶いて使っていると、案外かなり長持ちする。私はあまり大きな絵は描かないし、広い色面を塗る時はガッシュや顔彩を用いる。普段仕事で描く絵はほとんどがA4以下なので、一枚描き上げたところでどれほども減りはしない。そんなわけで同じ絵具、同じパレットと、私はもう20年もつき合ってきたわけだ。

私は画材には結構こだわっている。鉛筆はカステル、筆はラファエロ、ガッシュはペリカンという具合で、求めるものが高価であっても躊躇しない。でも何故だか透明水彩だけは、この安っぽい国産のものを使い続けている。どこかの時点で、もっと発色のいい定評のあるものに切り替えても良かったのだけど、私の絵にはこの絵具の少しくすんだ色合いが合ってるようなのだ。それに20年も親しんできただけに、どの色とどの色を合わせるとこういう色になるとか、このくらいの水の含ませ加減でこのくらいの色の伸びになるという加減が、手と頭に染み付いてしまっている。今更違うものの性格を覚え直すのは、ひどく面倒な気がするし、勇気がいる…。

今日も本当は同じメーカーのものを探したのだけれど、もう扱っていないということなので、仕方なくホルベインの透明水彩を買ってみた。昔はどこの画材屋でも扱っていた商品なのに、どうして最近は見かけなくなったんだろう。もう生産していないんだろうか。だとしたら、とても残念なことだ。近頃は画材の売れ行きがひどく落ち込んでいるらしいので、時代の流れの中では仕方ないことなのかな。

それにしても、絵を描いてお金をもらう立場の人間が、こんなにも久しく絵具を買い足さなかったなんて、あまり大きな声で言えることではないだろう。実際、絵具の減りが少ない描き方とはいえ、いかに作品が少ないかを物語っているようだ。もっともっと絵具を使いまくって、たくさん作品を描き続けないといけないんだろうな。今更ながらにそんなことを反省してみる一方で、自分と絵具達とのつきあい方を、ちょっと愉快に思った。

さて15年ぶりに新しく仲間入りした絵具達。私のパレットに馴染んでくれるだろうか。

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