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けやきの話(その2)

けやきコミュニティセンター完成までの経緯を一つの記録にまとめようという話は、センター開館まもない頃に始まっていました。困った時や、どうしたらいいのかわからなくなった時、私たちは「けやきの原点を大切にしよう」の合い言葉で、道を拓いてきました。「けやきの精神」とか「けやきのこころ」と言ってみたりするのですが、その中身はいったいどんなものなのか、いったい何にこだわってきたのか、どうしてがんばれたのか、見つめ直していく必要を感じていたのです。想いは募るもののなかなか実現できないまま、センターの開館からすでに4年が経っていました。五周年を祝う催しの企画の一つとして、ようやくこの本の制作が開始され、私は途中から編集委員に加わりました。

およそ1年の準備期間があったのですが、途中何度も作業が頓挫する経緯もあって、その完成までの道程は困難を極めました。今日のようにパソコンによるDTP制作環境が整っていれば、あれ程苦労せずに済んだのですが、当時はそんな便利なものもなかったので、お粗末なワープロとコピーを駆使して切ったり貼ったりのすべて手作業でした。それも200ページに及ぶ膨大な量のテキストと資料。執筆や資料整理は皆で分担したのですが、印刷原本となる版下制作作業は、自分一人で受け持ちました。出稿前の2週間はまさに修羅場と言える状況。勤めの印刷会社の仕事も年末の進行で夜遅くまで残業があって、その足でセンターに向かい徹夜で作業を続け、少しだけ仮眠をとってまた会社に行ったりという無茶苦茶な毎日・・・。そんな苦労もあって、五周年の式典当日に「けやき並木につづく道」と題した記念冊子が製本所から届いた時は、言葉では言い表せない程の喜びがあふれました。それまでの苦労がいっぺんに吹き飛ぶ瞬間でした。
 
しかし、その本をつくって間もなくして、私は「けやき」の活動から離れてしまいました。武蔵野市外へ引っ越したのをきっかけに、しばらく「けやき」から距離を置きたい気持ちになったのです。なぜそんなことを考えたのか......当時の自分の心境は複雑でした。本をつくりながら「けやき」のあゆみを整理するうちに、私にとっては自分自身を見つめ直すきっかけにもなっていました。そして「人のため」「地域のため」と言いながら、自分自身の未熟さ――「学生」という立場と周囲の好意に甘えてしまい精神的に自立できていなかったこと、すべて中途半端にしか物事に取り組んでこなかったこと、自分自身の根っことなるものが何もないこと――に気づいて、なんだか急に後ろめたい気持ちになってしまったのでした。「けやき」を離れることは、私にとって本当につらかったのですが、少し距離を置くことで今の自分に必要なことが何なのか、ゆっくり考えられると思えました。

 
 

それから5年の月日が流れ、1999年の十周年を祝う式典には「お客さま」の一人として招いていただきました。会場は大勢の人で賑わい、私の知らない顔もずいぶん増えていました。10年経っても「けやき」の輝きは衰えません。人の輪が広がり、ますます生き生きとその輝きを増しています。懐かしい方々とも再会でき、本当に心あたたまるひとときでした。そして私もその「けやき」の一員でいられることが、あらためて誇らしく思える瞬間でもありました。
 
「けやき」での経験が、自分にどれだけ深い影響を与えたかを、人生の折々で気づかされます。「私」という世界をどこまで広げられるか、自分の思い込みの領域を踏み越えてどれだけ広い範囲を身近なこととして捉えられるか、思いやれるか、愛せるか......知らず知らずのうちに、そんな問いを繰り返し投げかけられ、物事の考え方を鍛えられたことが、自分にとってかけがえのない財産となって根付いているのだと感じています。
 
人それぞれに「地域」への想いがあります。同じ土地に長く住んでいたって、そこに何の愛着も持たない人もいるでしょう。しかしたとえどんなに離れていたって、ある同じ想いで人と人とが繋がっていられたなら、そこはかけがえのない「ふるさと」であり続けるのだと思います。「ふるさと」は、本当は所在のないもので、しかしそれ故、追い求めていくものに違いありません。そこに「ある」のではなく、「つくる」ものに違いないのですから。