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Writings

色えんぴつ

iroenpitsu.jpg新しい画材を手にするたびに、ときめきとかすかな「恐れ」を感じてしまうのは、私だけでしょうか...。まあたらしいチューブからパレットに色を落とす瞬間、まっしろなスケッチブックに筆を入れる瞬間、私はいつもとまどいを感じます。幼い頃に初めて手にした画具の喜びと驚きを、今でも引きずっているのかも知れません。長く絵を描いている人なら誰しも、自分の画具に特別な想いがあるのではないでしょうか。                           

私の家にはアトリエがありました。子供の頃そこに入るとよく叱られたのですが、父のいないときを選んでこっそり潜入したものです。油の匂いが鼻をつくその部屋には、高価な絵具や筆が乱雑に散らばっていて、それらひとつひとつがとても魅惑的であったのです。私は学校で持たされる児童用の「絵画セット」というものが嫌いでしたから、ときどきそこから気に入ったものを失敬することもありました。そんなある日、父につれられて画材店に立ち寄る機会がありました。少々陰気臭い店内に、埃のかぶったショウケース。そしてその中に飾られた外国製の高価な画材が私の心をとらえました。プリズムのごとき鮮やかな色彩を放つ絵具のラベルは、なんと美しかったことでしょう!子供だった私にとっては、それらが自分にはとても手の届かないものに思え、それだからこそ余計に私の感性を刺激したのです。
それからというもの私は画材店に、ある憧れの想いを抱いて足を運ぶようになりました。


高二の春でした。 通いつめた画材店で、私はある色鉛筆セットにふと目がとまりました。様々なメーカーの商品がたくさん平積みされた棚に、それは無造作にたった一つだけ置かれていました。可愛らしいライオンの絵のパッケージには『Safari』とだけ、聞いたこともないメーカー名が記されています。赤白青の三色旗が印刷されていますから、どうやらフランス製のようです。箱を開けてみると、なんとも素敵な色合いが並んでいました。色鉛筆のセット色というのは決まっているものと思っていたのですが、これはそうではないのです。赤といっても枯れてしまったような赤であったり、青は流れるような透明感のある青であったり---という具合に。しかも私の好きなグリーン系の色調がとても充実している。もちろん、金・銀などというばかげた色は入っていない。色鉛筆などさして興味もなく、国産のものしか手にしたことのなかった私にとっては衝撃的な出来事でした。そしてそのときから、私は色鉛筆の魅力にすっかり取りつかれてしまったのです。それは丁度、私の絵の転換期でもありました。
それ以前の私の絵というのは、当時の心境を反映して、濁った色調の暗く重苦しい性格のものでした。ところが、一人のやさしい人との出会いを契機に、私の絵は変化し始めたのです。とげとげしい内容のものより、やさしい世界を求めるようになり、コントラストの強い色より曖昧な色調を好むようになりました。そんな私の想いを、色鉛筆はいつも忠実に表現してくれたのです。

そうして今、私の手元には120本余りの色鉛筆があります。私なりに、自分に一番合った技法・画材をあれこれ模索してきて、ようやく気に入ったものを見つけた頃には、私の絵の中から色鉛筆の痕跡はあまりうかがえなくなってしまいました。 けれど私にとって、色鉛筆は最高の画材であり、大切な宝物です。そしてあの『Safari』こそが、忘れることのできない、思い出の色鉛筆なのです。

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