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小川さんの詩集のこと

小川さんとの出会いは、今から8年程前に遡ります。私は当時最初に勤めた会社を早々と退社してしまい、バイトなどしながらその日暮しをしていました。

そんな折友人から、ある人の詩集の挿絵を描いてくれないかという話を持ちかけられました。先方にも私の絵を見せてあるからというので、なんとなく安請け合いしてしまいました。何か気のきいた、可愛らしいペン画でも描けばいいのだろうという程度の考えでした。それから数週間たって、早速原稿が届きました。それに目を通して、私は正直驚いてしまいました。私の想像を越えて、それは完成度の非常に高い、大変重みのある内容のものだったのです。詩の心得がない私であっても、その作品の内側から溢れてくる輝きは、確かなものだとわかりました。本物の詩人の言葉でした。

私は正直戸惑いました。「私が挿絵なんて描いていいのだろうか、どうして私なんかに挿絵を依頼したのだろう---。」私に期待を持ってくれるのは、うれしいことに違いなかったのですが、自分には自信がなかったのです。それからずいぶん悩みましたが、なんとか自分なりの解釈で詩の世界を汲み取り、スケッチらしいものを何枚か描いて作者に送ってみました。すると思いがけなく、良い返事をいただくことができました。そして、挿絵だけでなく表紙を含めた装丁までやらせていただくことになったのです。

さてそのスケッチを元に実際の挿絵を仕上げ、装丁のデザインを詰めていったわけですが、その詩集の完成までにそれから更に1年半もの月日がかかってしまいました。ちょうど資生堂からのイラストの仕事と重なった時期で、ひどく忙しかったのも事実なのですが、この当時、私は自分の絵に迷っていたのです。可愛らしい絵のスタイルをもっと洗練させてお金になる絵を描くべきなのか、それとも自分の絵に欠けている絵画性を補う努力をすべきなのか、私は自分の進むべき方向性をつかめずにいました。経済的にも、精神のバランスもとても不安定な時で、何をするにも余裕のない状態だったのです。
それでも小川さんはいつも寛容な態度で接してくださり、辛抱強く私の原稿ができるのを待ってくださいました。自分の勝手な事情で、小川さんには本当に迷惑をかけてしまったのですが、私にとってはこの時のことが、本当にいい経験になっています。私は絵で食べていくことに焦るばかりに、自分を安売りしていること気づかずにいたのですが、小川さんの創作への真摯な態度に接して、自分が本来向かうべき道を見つめ直すことができました。

それから間もなくして、私は今の印刷会社に入ったのですが、そのこともこの時のことがきっかけになっています。印刷物は学生の時から何度も制作していたので、ある程度の知識は身についているつもりだったのですが、実際に本の装丁を手掛けてみて、自分が実際には何も知らずにいたかを思い知らされました。私はこの時いたく反省し、一度その業界の現場に飛び込んでしっかり勉強しようと思いつき、今の会社を選んだ次第です。その後はこの業界の常で、いつもいつも残業で忙しく振り回される毎日ですが、そこで経験できたことは、その後の自分にとってとても大きな意味を持つものでした。大変なことは多いのですが、その選択も間違いではなかったと、今は思うことができます。